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説教一覧

2026年8月30日

誇るものは主を誇れ

​エレミア書 9章22~23節
第1コリント1章26節~31節

松谷彰夫委員

2026年8月23日

神の平和

フィリピの信徒への手紙 4章2~7節

芳賀繁浩牧師

2026年8月16日

わたしたちの国籍は天にある

フィリピの信徒への手紙3章17節~4章1節

芳賀繁浩牧師

2026年8月9日

虹(前編)

創世記8章1~22節

芳賀繁浩牧師

2026年8月2日

箱舟

創世記7章6~24節

芳賀繁浩牧師

2026年7月26日

目標目指し

フィリピの信徒への手紙3章10~16節

芳賀繁浩牧師

2026年7月12日

ノア

創世記6章5節~7章5節

芳賀繁浩牧師

2026年7月5日

アダムの系図

創世記5章1~32節

芳賀繁浩牧師

2026年6月28日

協力者

フィリピの信徒への手紙2章19~30節

芳賀繁浩牧師

2026年6月21日

いのちの言葉を堅く持って

フィリピの信徒への手紙2章12~18節

芳賀繁浩牧師

2026年6月14日

主の名を呼ぶ

創世記4章17~26節

芳賀繁浩牧師

説教本文

誇るものは主を誇れ

2026年8月30日

​エレミア書 9章22~23節
第1コリント1章26節~31節

松谷彰夫委員

 私は先月皆様に誕生日を祝っていただきました。1947 年(昭和22年)7月、先の戦争が日本の敗戦で終結してから2年後に生まれたということです。今日この場に私は、小さな本の復刻版を持ってまいりました。本の題名は、昭和22年7月28日に印刷、発行され、文部省が著作兼発行者となっている『新しい憲法の話』です。その中の一節、「戦争放棄」の項目に次のような記述があります。読ませていただきます。

 …そこでこんどの憲法では、日本の国が、けっして二度と戦争をしないように、二つのことを決めました。その一つは、兵隊も軍艦も飛行機も、およそ戦争をするためのものは、いっさいもたないということです。これからさき日本には、陸軍も海軍も空軍もないのです。これを戦力の放棄といいます。「放棄」とは「すててし まう」ということです。しかしみなさんは、けっして心ぼそく思うことはありません。日本は正しいことを、ほか の国よりさきに行ったのです。世の中に、正しいことぐらい強いものはありません。

  もう一つは、よその国と争いごとがおこったとき、けっして戦争によって、相手をまかして、じぶんのいいぶんをとおそうとしないということを決めたのです。なぜならば、いくさをしかけることは、けっきょく、じぶんの 国をほろぼすようなはめになるからです。また、戦争とまでゆかずとも、国の力で、相手をおどすようなこと は、いっさいしないことにきめたのです。これを戦争の放棄というのです。そうしてよその国となかよくして、世界中の国が、よい友達になってくれるようにすれば、日本の国は、さかえてゆけるのです。

 みなさん、あのおそろしい戦争が、二度とおこらないように、また戦争を二度とおこさないようにいたしましょう。

 戦後81年を数える現在、靖国神社に参拝し、「恐ろしい戦争を起こさせないためにも軍事力を一層増大させなければならない」と主張する政治家や、そうした考え方を持つ人々が多数を占めるようになった、と見聞きするにつけ、エレミヤにならって、「一体どうしたことか」と嘆かざるを得ない心境なのです。

 さて今朝は、司会者にエレミヤ書の一節を読んでいただきました。 預言者エレミヤが召命を受けたのは、ユダの王ヨシヤの治世第13年、前627年のことでした。この年は、世界史的には大きな転換の年でもあったのです。領土をメソポタミアからエジプトに至るまで広げて、文字通りの世界帝国として君臨していたアッシリア、その強大な君主としては最後となった・アッシュールバニパル王が亡くなった年でもあるのです。この王の死とともに、巨大になりすぎていた帝国は、全土を掌握し続けることができず、急速に自壊はじめていきます。そして、王の死からわずか15年後、前612年にバビロニア、メディア、スキタイの連合軍の攻撃により首都ニネヴェは陥落し、歴史の舞台から姿を消してしまいます。このアッシリアに代わって台頭してきたのが、新バビロニア帝国です。しかし、言うまでもなく最初から支配圏全体を掌握したわけではありません。アッシリアの忠実な属国として朝貢し、アッシリアの祭儀を導入していたユダ王国は、その支配から脱したヨシヤ王による「申命記改革」と呼ばれる宗教改革を断行しただけではなく、アッシリアの属州とされていた北イスラエルの領土を回復し、財政的にも強くなりました。しかし、空白地帯となったシリヤ・パレスチナ地域には、勢力を回復したエジプト王朝も勢力を伸ばしてきました。そのような中で、両大国に挟まれた小国ユダは、時代に翻弄されながら、ある時には新バビロニアに、ある時にはエジプトに貢物を収めて何とか生き残りを図ろうとしました。

 そのような重大な世界の転換期にあって、まだ年も若く人間としての知恵も力もなかったエレミヤは、イスラエルの民の進むべき主の道を差し示す預言者として召されたのです。

 彼が神さまから託された使命は、ただひたすら、人間が自分たちの願いを遂げるために作り上げた偶像礼拝と、そこから生じる社会のゆがみ、とりわけ支配階級の堕落・無責任ぶりを批判し、主に立ち返るよう悔い改めを呼びかけ続けることでした。そして人間の想いや願望を神とする偶像崇拝を続けるなら「北からの災い」が神の裁きとして確実にやってくること、北イスラエルで起こったアッシリアによる国家滅亡という事態は、必ず南のユダ王国でも起こること、いやそれ以上にエレミヤによれば、「主は私・エレミヤに向かって、不実な女ユダに比べれば、背信の女イスラエルは正しかった」3:11 とさえ言っているほど、神の裁きのが確実であることを伝えたのです。

 しかし人々から帰ってきたのは、エレミヤへのあざ笑いと無視、しまいには「ユダ王国という国家、神の民であるイスラエル民族、さらには故郷アナトテ村への反逆者」として命を狙われるまでに至ったのです。なぜなら、エレミヤの度重なる警告にもかかわらず、彼の予言活動40年間の前半20年は、「北からの災い」がやってくる気配もなければ、かえってろ一時的には領土の回復も進み、国は一段と強く繫栄していくように思えたのです。表面的にエルサレム神殿における宗教行事も盛んでした。祭司や職業的預言者たちによる「これは主の神殿、主の神殿、主の神殿だ」、だから私たちはユダ王国は、神様にも守られ平和だという偽りの声が満ちていました。自分たちもその言葉に信頼し、そこで犠牲をささげる神殿礼拝を怠るようなことはしていないのだから。自分たちが神に背いているなどという自覚は全くなかったのです。そのため、民の背信への神さまの嘆きと、それを伝えるエレミヤの裁きの言葉は一段と激しさを増していきました。

 その中にあって、今朝注目したい9章22~23節は、それまでの激しい調子の言葉とは異なり、「人間の誤った誇りと、それとは対照的な、真に誇るべきは何であるのか」を示す格言的な知恵の句とも言えるものです。

 一般的に言って、人が何を自分の誇りとするかによって、その人の生き方・信仰の在り様が如実に現わされるものです。エレミヤは、主なる神様がこういわれるの聞いたのです。

 9章22節「知恵ある者は自分の知恵を誇るな。力ある者はその力を誇るな。富める者はその富を誇るな。」

 知恵と力と富こそがこの世で最も大切なものだとする生き方は、神様の前では是認されないということです。この点をもう少し詳しく、これまでのエレミヤの言葉を参照しながら少し考えてみたいと思います。

①知恵を誇るな、とはどういうことでしょう。この直前にあたる8章8節~7節を読んでみましょう。

 どうしてあなたがたは言えるのだろうか。「我々は知恵ある者で 主の立法は我々と共にある」と。書記たちの偽りの筆で、それは偽りとなった。知恵ある者たちは恥じ入り、おののき、捕らえられる。主の言葉を退けたのだ。彼らに何の知恵があろうか。

 まず「書記たち」という言葉がありますが、エレミヤの時代にあっては、何かを記録する係の人いうよりは、立法を解釈したり適用する人々のことだそうです。具体的には祭司や偽りの預言者のことです。彼らも自分たちの主張を権威づけるために、その根拠をモーセの律法に求めていたのです。そのため、自分たちがいかに律法に通じているか、その知者ぶりを披瀝していたのです。こうした人々をエレミヤは「知恵ある者」として批判しているのです。端的に言って、彼らの解釈と適用は「誤り」であり「偽り」であると。それは「主の律法」でも「主の言葉」でもないと。ではどこが「誤り」であり「偽り」なのでしょうか。それは、この点、あの点といった字句の問題ではありません。エレミヤは、主なる神様に対する心からの愛と服従において律法が聞かれているかどうかを問題にしているのです。まさに「主を畏れることが知恵の初めである」箴言 9:10 なのですが、彼らにはこの「主を畏れる」知恵ないまま、「わが民の傷を安易に癒やして、「平和、平和」と言ったり 6:14、いたずらに「これは主の神殿、主の神殿、主の神殿だ」7:4 と誇っていたのです。これが、「偽り」であり、「何の知恵があろうか」とエレミヤは言っているのです。

②力を誇るな、とは

 ここで「力」とは個人的な武勇と腕力をさしているのでないことは明らかでしょう。先にエレミヤの時代は、まさに時代の転換期であったといいました。軍事力で古代オリエント世界(メソポタミアとエジプト)を最初に統一したのがアッシリア帝国でした。そのアッシリアに代わって台頭してきた新バビロニアも、再び勢力を回復してきたエジプトも、その原動力は軍事力であり、それに基づく政治力でした。そのような世界にあって、主のみ旨がどこにあるのかを尋ね探るという道・そのような主に従う道を捨て、これが現実主義だと言わんばかりに、強いもの従おうと右往左往する姿を批判しているのです。2章18節にはこう記されています。

 今、エジプトの道に向かい、ナイルの水を飲もうとするとは 一体どうしたことか。また、アッシリアの道(それに代わった新バビロニアの道)に向かい、ユーフラテスの水を飲もうとするとは 一体どうしたことか。

③富を誇るな とは、…

  先の軍事力に対して経済力・財力ということでしょう。意味は明白だと思います。なかでもエレミヤが問題にしていることは、その富の出どころだというのです。彼は、災いが「北」からエルサレムを見下ろし、大いなる破滅が迫っているといいます。なぜ、そのような災いが迫っているのか。それは 6:13「小さい者から大きな者に至るまで、身分の低い庶民から身分の高い貴族に至るまで、皆、暴利をむさぼって」いるからであり、神様が公正すなわち寄留者、孤児や寡婦を虐げず、罪なき人の血を流さないという社会正義を求めているにもかかわらず、まるで真逆の悪行を行い、主の神殿を盗賊たちの巣窟にしている 7:11 からだというのです。

 このようにエレミヤは、人間の知恵・力・富、それらはたとえ必要なものであったとしても、それを究極のもの、最後に頼れるものはそれしかないと考えてはいけない、そのような生き方は誤りである、それが神様のみ旨だと示されたのです。

 そうした誤った誇りの持ち方に対して、では何を積極的に誇ればよいのか。どのような生き方を根本に置けばよいのか。エレミヤが示された「真の誇り」とは次のようなものでした。

23節 誇る者はただこのことを誇れ。悟りを得て、私を知ることを。私こそ主、この地に慈しみと公正と正義を行う者。これらのことを私は喜ぶ

 「悟りを得て、主(ヤハウェ)を知る」とありますが、悟りと知ることは別のものではありません。同じこと、つまり「主を知る」ことこそが「悟り・賢さ」だという意味ですから、一言でいえば「ただ、主を知ること、そのことだけを誇りにしなさい」ということになります。「主を知る」の「知る」とは、「神とは、キリスト教とはなんであるか」といった、何々ついての知識といったものではありません。先ほども触れましたが、箴言にある 9:10「神を畏れることは知恵の初め」という知り方のことです。先の礼拝説教で示されたように、パウロは「フィリピの信徒への手紙」3:8 で、「私は主イエス・キリストを知ることのあまりの素晴らしさに(その絶対な価値のゆえに)今では他の一切を損失と見ています」という「知り方」です。心の深みから、主への愛と信頼の人格的な関係・生活の全体を通して、主との交わりにあるということです。ですから、それはこの世的な人間の知恵や力にはるかに勝るものであって、私たち人間が神を知るというよりは、むしろ神に人間が知られている関係といった方が適切かもしれもせん。ですから、「誇る」とは、ここでは「自慢する」ということではなく、「心を尽くし、思いを尽くして神をほめたたえることだ、言えるでしょう。

 ではその神とは、どのような方なのでしょう。それが後半部分の「私こそ主、この地に慈しみと公正と正義を行う者」である、という神さまの約束の宣言に示されている通りの方なのです。このことは「私は主、あなたの神、あなたをエジプトの地、奴隷の家から導き出した者である」との神様の自己宣言に示されいる同じものといえます。

 その際、エレミヤは、神様の救いを言い表すときの、当時の慣用的な用語であった「慈しみと公正と正義」を用いて、これらを「施す」のは神様ご自身であるとはっきりと示しているのです。そうだとすると、「救い」はもっぱら神様からの贈り物であって、人間はその贈り物を受け取る存在だということになります。そのような人間が「誇る」とは、神様にのみ栄誉を帰し、ほめたたえることにほかなりません。そのような生き方、歩み方を神様に喜ばれるというのです。まさに「誇る者はただ神のみを誇れ」なのです。

 では、どうしたら、私たちのそのような生き方ができるのでしょう。終わりに、この「誇る者はただ神のみを誇れ」と語ったエレミヤを最も深く理解し、継承したパウロについて触れたいと思います。パウロは、コリント教会に、「十字架の言葉は、滅び行く者には愚かであるが、救いにあずかるわたしたちには、神の力である」と書き送りました。十字架の言葉とは、十字架の教えということです。イエス・キリストが十字架で死なれたのは、わたしたちに代わって神の裁きを受けたのだ。その流された血、引き裂かれたからだによって、わたしたちの罪は赦され、再び神さまとの生きた交わりのうちに入ることができるという教えです。このような教えは、昔も今も、「この世の知恵」・生まれながらのわたしたちが持つ知恵・判断力からすれば、つまずかせるもの、愚かななものでしかなく、到底受け入れることなどできません。

 パウロは、十字架の教えを受け入れることができるのは、わたしたちの努力や頑張りによってではなく、ただひとえに「神の召し、選び」によるものだと言いました。では、その神の召し、選びはどのようにして、どこから起こるのでしょうか。かつてのエレミヤの召命のように、超自然的な神様からの直接的な呼びかけによって召されるということ私たちにはないでしょう。パウロは、それは「宣教の愚かさ」によって、信じる者とされるのだと言いました。イエス・キリスの福音宣教にはじまり、イエス・キリストによって遣わされた弟子たちの福音宣教、さらにはそれを聞いて信じ、今度はその福音を伝える者とされた代々の教会によって語り伝えられた聖書の言葉、その説き明かし、それを聞いた私たちのような者との交わりからはじまるのだというのです。そのことは、あなた方、そして私たち一人一人が、自分が召された時、自分の召しを考えてみればわかることでしょう、と話を続けました。

 Ⅰコリ 1:26 きょうだいたち、あなたがたが召された時のことを考えてみなさい。世の知恵のある者は多くはなく、有力な者や家柄のよい者も多くはいませんでした。

 そうした事実は、振り返ってみればイエスさまのガリラヤ宣教の時もそうでした。選び出されれて12弟子、使徒して召し出された多く者は(カリオテ出身のユダを除けば)、ガリラヤ湖畔で魚を捕る漁師たちでした。決して「知恵ある者、有力な者や家柄のよい者」たちではありませんでした。コリント教会も同様でした。召された時には奴隷の身分であった者もいましたし、その日その日の労働に明け暮れて、一日の仕事を終えてから集会の場に集まってくる名もなき庶民であったことがうかがわれます。

 その一方で、わずかではありましたが、コリンの教会にも社会的に高い地位についていた信徒(絵ラスト)もいこのことは、神さまの召しとは、人間の側のもつ何かの条件によるものでは全くないことを物語っているのです。あたまがいいとか悪いとか、社会的な身分が高いとかそれとは反対に低いとか、それが条件となって召されたのではありません。神さまの召しによる救いの御業は、神さまの一方的な主権的な御業であって、無条件の招きであるということです。イスラエル民族が神に愛され、神の民として選びだされたという場合にも(申 7:6~10)、コリントの教会に集う者たちが新しい神の民とされたという場合にもあてはまるのです。

 ですから、わたしたちは繰り返して自分自身の召しのことを思わなければなりません。わたしたち、一人一人が召されたのも、それぞれ事情は異なります。どのようなことがきっかけになって教会に来るようになったのですか、と聞かれれば、これこれこういうことがきっかけでした、と答えることはできます。そして「人間的には、知恵ある者は多くはなく、権力のある者も多くはなく、身分の高い者も多くはなかった。むしろ神様は愚かな者、弱い者、無きに等しい者を選ばれたのです」とのみ言葉に、確かにその通りです、アーメンと言うこともできます。しかしもう一歩踏み込んで、何が条件になって神さまを信じ、信仰の道へと入らせていただいたのですか、と問われた時、私たちの側に召されるために必要な条件などあったでしょうか。ありません。すべては、「神さによるのものです」と答えるしかありません。

 時代の転換期にあって神の言葉を託された者として語り続けた予言者エレミヤとともに、またかつては教会の迫害者でありながら異邦人への福音宣教者として召されたパウロとともに、私たちもまた「誇る者は主を誇れ」との信仰に生き続けたいと願うのみです。

説教一覧

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