日本キリスト教会 南福島教会(福島伝道所)
Nippon Kirisuto Kyoukai/Church of Christ in Japan Minami Fukushima-church
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説教本文
協力者
2026年6月28日
フィリピの信徒への手紙2章19~30節
彼は私の兄弟、協力者、戦友であり、また、あなたがたの使者として、私の窮乏のときに奉仕してくれました。(フィリピの信徒への手紙2章25節)
芳賀繁浩牧師
パウロは、突然調子を変えて、極めて具体的な事柄について語り出します。一見したところ、神学的な教えや信仰生活の勧めというよりも、旅行計画や人事の連絡が記されているだけに見えます。実際、パウロはテモテをフィリピに送りたいと思っていること、自分自身も後に訪問したいと考えていること、そしてエパフロディトを送り返すことについて語っています。けれども、この箇所は決して付随的な記事ではありません。むしろ、キリストのへりくだりと従順の教えが、教会の中でどのような姿を取るのかを示しているのです。
パウロは、「恐れおののきつつ自分の救いを達成するように努めなさい」と勧め、「あなたがたの内に働いて、御心のままに望ませ、行わせておられるのは神であるからです」と証しします。そして「何事も、不平や理屈を言わずに行」うことによって、「この世で星のように輝」く存在となるよう勧めます。それを可能にするのが「いのちの言葉を堅く持」つことでした。それがどういうことかを、パウロは二人の人物の姿を通して描こうとするのです。
まずパウロはテモテについて語ります。「テモテをそちらに遣わすことを、主イエスにあって望んでいます」と語り、その理由として「テモテのように私と同じ思いを抱き、親身になってあなたがたのことを心にかけている者はほかにいません」と述べています。ここで「同じ思いを持つ」と訳されているギリシア語はisopsychon(イソプシュコン)であり、新約聖書の中ではここにしか現れない大変珍しい言葉です。この語は「同じ」を意味するisos (イソス)と、「魂」あるいは「心」を意味するpsyche(プシュケ) から成り立っており、「同じ魂を持つ者」「心を一つにする者」という意味を持っています。
パウロはテモテを有能な助手として評価しているのではありません。彼はテモテの内に、自分と同じ福音への情熱と、同じ教会への愛と、同じ主への献身を見ているのです。だからこそパウロは、彼のような者は「ほかにいません」と言うことができたのです。
続いて「他の人は皆、イエス・キリストのことではなく、自分のことを追い求めています」と語られます。厳しすぎるような表現ですが、「何事も利己心や虚栄心からするのではなく、へりくだって、互いに相手を自分よりも優れた者と考えなさい。めいめい、自分のことだけではなく、他人のことにも注意を払いなさい」と教えられていたことを考えれば納得できます。そして、この教えの土台であり導きであり目標が「キリスト賛歌」です。パウロは、キリスト者のあり方はキリストご自身のあり方に重なるものでなければならないと教えるのです。自分自身を中心に据えるのではなく、自分を低くして他者に仕えるあり方こそがキリスト者のあり方です。そして、テモテはまさにそのようなあり方を「思い起こさせる」ことができる人でした。だからこそパウロは、自分に代わって彼をフィリピに送ろうとしているのです。パウロは「子が父に仕えるように、彼は私と共に福音に仕えました」と語ります。パウロはここで一般的な親子関係を考えているのではありません。それは何よりもまず「父なる神と子なる神」を意味しています。
「かえって自分を無にして/僕の形をとり/人間と同じ者になられました。/人間の姿で現れ。へりくだって、死に至るまで/それも十字架の死に至るまで/従順でした」と言われる神の子の父なる神様に対する姿こそが考えられているのです。
ここで「仕える」と訳されている動詞の語源は「奴隷」であり「しもべ」です。奴隷は主人に無条件に従う存在です。主人の命令が理解できてもできなくても、納得できてもできなくても従います。それが、まことに人となられたイエス様の神様に対する服従の姿でした。「わが神、わが神、なぜ私をお見捨てになったのですか」と叫ばれつつ、しかし「父よ、私の霊を御手に委ねます」
と息を引き取られたイエス様の姿こそ、子が父に仕える仕え方なのです。
ですから、パウロは、彼は私と「共に」福音に仕えました、と書き送るのです。テモテはパウロに仕えたのではありません。パウロと共に福音に仕えたのです。そして、福音に仕えるとは、イエス様が父なる神様に仕えたその姿を証しするという事以外ではありません。この点において、テモテはフィリピの人たちの見本なのです。
だからこそ、パウロはテモテ以上にエパフロディトについて書き送ります。福音に仕えるとはどういうことかをその奉仕が明らかにしているからです。彼はフィリピの教会から獄中にあるパウロの世話をするために派遣されました。おそらく教会からの献金や支援物資を携えて長い旅をし、そのままパウロに仕えていたのでしょう。しかしその働きの中で彼は重い病に倒れました。当時の長距離移動は大変危険なものであり、十分な医療もありませんでした。彼はまさに命を危険にさらしながら、教会と使徒のために働いたのです。
興味深いことに、彼が心を痛めていたのは自分の病気そのものではありませんでした。彼は「自分の病気があなたがたに知られたことを心苦しく思っている」とあります。普通に考えるなら、自分の病気のことで精一杯になっていても不思議ではありません。しかしエパフロディトは違いました。彼は自分の病気を聞いて心配しているフィリピの教会の人々のことを案じていたのです。ここにもまた、自分自身よりも他者を思うキリストの心が表れています。
パウロは彼を「私の兄弟、協力者、戦友」と呼びます。「兄弟」とはキリストにあって結ばれた家族であることを意味し、「協力者」とは共に神の働きに従事する者であることを意味します。そして「戦友」とは同じ戦場に立つ兵士のことです。ここでパウロがあえて軍隊用語を使うのは、そこには文字通りの命の危険があるからです。実際、エパフロディトは「キリストの業のために命を懸け、死にそうになった」のです。ここで使われている表現は、単に病気になったという程度の意味ではなく「死にまで近づいた」という強い表現です。彼は文字どおり命の危険を経験しました。それは名誉のためでもなく、自己実現のためでもなく、キリストの業のためでした。彼は自分自身を惜しまずに献げたのです。
テモテもエパフロディトも、キリストの姿を受け継ぐ者として描かれています。自分の益ではなく、神様の御業と教会の益を求め、他者のために自らを差し出します。二人ともキリストに倣って生き、また死のうとしているのです。その姿こそが、キリスト賛歌の具体的な実例なのです。
「いのちの言葉」としての「キリスト賛歌」を「堅く持って」「この世で星のように輝」いている者たちの代表がこのテモテとエパフロディト、中でもエパフロディトでした。この世的に見れば、エパフロディトの働きは成功というよりは失敗であり、その働きは賞賛されるよりは責められるものであったかもしれません。けれども、キリストの地上のからだである教会にあってはそうではありません。またそうであってはなりません。もしエパフロディトの奉仕が退けられてしまうとしたら、それはキリストの十字架のみわざを退けられることだからです。人の目には失敗と見え、敗北と見え、恥と見える十字架こそが、神様のみこころの実現でした。エパフロディトの奉仕は、この「責めと恥」との十字架の証しでした。だからこそパウロは「主にある者として大いに歓迎してください。そして、彼のような人々を敬いなさい」と書き送るのです。
このとき「あなたがたの奉仕の足りない分」とは何であるかが明らかになります。それは、成功と栄誉を求め、「キリストを宣べ伝えるのに、妬みと争いの念に駆られて」しまい、「同じ思いとなり、同じ愛を抱き、心を合わせ、思いを一つに」することができなくなってしまっていることにほかなりません。
十字架を負うことを拒み、栄光と勝利のキリストのみを伝えようとする点において、フィリピの教会は大きな欠けを負っていたのです。だからこそパウロは、「いのちの言葉」としての「キリスト賛歌」によって「十字架の栄光」を思い起こさせ、テモテとエパフロディトの証しによって気づかせようとしているのです。「私の恵みはあなたに十分である。力は弱さの中で完全に現れるのだ」(IIコリント 12:9)と言われる十字架と復活の主を宣べ伝えるために「キリストの力が私に宿るように、むしろ大いに喜んで自分の弱さを誇りましょう」と呼びかけるパウロの声に耳を傾けたいのです。